2、特質のあるお召列車と関係記録

F場内信号機で8分間停止したお召列車
 
 明治34年11月、東北地方で行われる陸軍特別大演習に明治天皇が統監されるため、お召列車が運転された。

  統監部列車 ( 先行列車 ) は、小牛田駅を計画より9分遅れて7時40分に出発したが、同駅と瀬峯間で機関車故障 ( 水量計とブレ−キ関係 ) を起し瀬峯駅構内に入ったものの動けなくなり、同駅配置の予備機関車で正常停止位置まで牽引した。

 このため8時18分、場内信号機の停止信号により続行のお召列車は機外に8分間停止した。他の資料によると高崎・東北・常磐線を運転している福島・一関・盛岡・尻内・青森・宇都宮の機関士約400名は、明治31年2月25日ストライキを起こし、26日未明から全列車をストップさせたことがあり今なおこの勢力は強かった。

 日本鉄道会社は今回のお召列車遅延を労働運動の一端であると判断し、事態を非常に恐縮して統監部列車の次駅到着を待たずお召列車を出発させた。遅延回復に努力していた機関士は、前方に列車のあることを認め非常制動で停止し衝突を免れたとある。列車取り扱いに疑問があるので調べてみた。

 統監部列車出発後21分経過した8時1分、お召列車は票券式により小牛田駅を出発している。これは逓信省令鉄道運転規程第21条に、単線区間では最急勾配が50分の1より緩やかであれば先発列車発車後15分経過したら続行列車を運転しても良いことになっている。なお先発列車は22分遅れで構内に入り、予備機関車で牽引作業に10分、側線に入れるのに14分、本線が開通したのは8時26分であった。この件で会社は、人員配置・使用石炭・運転取り扱いに落度の無いようにしたと発表した。

 国鉄でもお召列車が通過予定駅で9分間停車した事がある。それは昭和11年9月30日北海道で行われた陸軍特別大演習に、昭和天皇が帯広・大樹間行幸になられたときである。豆炭を炊いたら蒸気が上がり過ぎ、水を入れすぎて蒸気が上がらなくなり中札内に臨時停車して調整した。性能の良いC56機関車を使用し優秀な職員を乗務させていた。.この件は不問にされ記録もないが、機関士と助士は翌年標茶支区に転勤している。

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