2、特質のあるお召列車と関係記録

B移動防空壕を積載したお召列車

 大東亜戦争勃発2年目を迎えた昭和17年12月11日天皇陛下は、戦勝祈願のため豊受大神宮と皇大神宮に御参拝になった。
昭和3年即位大礼、昭和15年紀元ニ千六百年記念と今回で3度目の御参拝である。非常時局のためこの行幸は、極秘扱とされ新聞ラジオの発表を還幸後に行った。

 編成は、東京発前頭461・300・400・330・御料車・340・450号車の7両であった。

 12月11日東京8時発京都16時30分着。12日京都7時発山田10時着、461号車には無線機3基を装置し、将校2名下士官以下9名が乗車し指導列車及び軍部の情報交換にあたった。460号車には、懐中電灯30個と踏み台2個、自転車1台が積み込まれた。供奉車は、全部半夜燈回線に管制球を使用し、室内5ワットその他3ワットとし御料車のデッキ廊下、次室御厠 ( 便所 ) には管制球を使用した。

 供奉車340号イ室には、近衛師団参謀長から依頼された「よ号装置 」が積載された。これは、大井工場で制作した移動防空壕で、空襲のためお召列車が停止したとき天皇陛下に避難していただく、大型金庫のようなものである。お召列車運転終了後ただちに解体されその図面は焼却された。

  

 指導列車は、11日東京発前頭スハフ・カニ・スハニの3両で東京7時47分発京都15時56分着、翌京都6時43分発山田9時43分着、御参拝を待ち山田13時45分発 ( お召列車14時5分発 ) 京都16時47分着、13日京都8時7分発 ( お召列車8時20分発 ) 東京16時20分着で運転した。スハフに軍人50名、カニに機関砲4門と弾薬、スハニは鉄道用材と職員、下士官以下6名がお召列車と軍部の連絡を担当した。

 12日23時7分中部軍管区に警戒警報が発令、ついで西部・東部・青森を除く全区域に警戒警報が発令された。国鉄関係者は京都駅に集合し、軍部と宮内省に13日のお召列車運転は予定通りである事を確認し13日3時に解散した。お召列車運転に関係した国鉄職員は、高等官78・判任官2,250・以下計11,697名にのぼった。お召列車に全区間乗車したのは、総理大臣東条英機・鉄道大臣八田嘉明・鉄道省業務局長・憲兵司令官の方々であった。

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